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「サンタさんって本当にいるの?」

って、目をきらきらさせながら、あるいは訝しい顔で、
子供につめよられたら、何て答えますか?

「サンタさんは本当にいるよ。
サンタさんを見たという人は確かにいないけれど、本当にいます。
なぜなら、本当に大切なものは目には見えないから。」

もう何年か昔に、
世界まるみえだったか忘れたけど、
どっか外国の新聞の投稿欄に子供が質問してきて、
記者は真剣に悩んでこんなふうに答えたという話があって。
私はこの台詞が、くさいけどすごく印象的で、
クリスマスの時期にはよく思い出します。

いやー、クリスマスなんだよね、もうすぐ。
私はサンタさんに何を頼もうかな~☆
なんてほど子供にもなりきれなくて。
「何がほしい?」
って聞かれたら、昔はお金で買える物を真剣に悩んでねだったけど、
今こう聞かれて思い浮かべるのはみんなお金で買えない物ばかり。
「私の中に、揺らがない軸のようなものを下さい」
とか(^^;)
もらえるもんじゃないと分かってはいても、
欲しいものとか考えちゃったりして。
もちろんそれは、お金で買えるものは何もいらんとか境地を悟ってるわけではなくて、
それはそれで欲しいものは日々渦巻いているんだよなぁ。
欲張りになったんすかね。
ドトールのクリスマスミルクレープ(ホール♪)食べたいよー。

最近商店街歩いてると、クリスマスツリーとか、
やっぱ飾りつけがどこも綺麗で。
ふつーの一軒家でも気合い入ってる家とかありますよね。
ふと思うんだけど、なんか今年は青と白の電飾が多くないかい?
と感じるのは私だけ?
あれ、一見冷たそうな色の組み合わせなのに、
かなり綺麗に見えるのが不思議だなーって思って。
クリスマスと言やぁ、赤と緑かと思ってたけど、
そういうあったかい色じゃなくても、
ホワイトクリスマスとか言ったりもするし、
むしろ儚げで綺麗な感じになるんだなぁと納得。

で、なんで電飾をよく見るかと言うと、
最近のマイブームが「歩くこと」になりまして。
今まではどっちかっていうと、歩くのめんどくさーいってほうで、
家から駅までの仕方なく歩く道を除いては、
学校行くにも目白から迷わずバスという堕落っぷりだったのに。
きっかけはいろいろあって、
あまりに運動しなさすぎて不健康に不安を感じたとか、
人のおなかをつつくのが好きだけど、
つついてる場合じゃないくらい自分のおなかがぽっこりしてきたとか、
リアルな事情はあれど、
歩いてみたらこれがやたらとすがすがしくて。
i-pod でお気に入りの音楽をシャッフルして聴きながら、
もくもくと歩く。
いろんなことをぐるぐる一人で考えたり、
町のいろんな小さな発見を一人で楽しんだり、
歩き始めは寒くてもだんだんあったまってくるし、
「歩くのって結構楽しい」と純粋に感じたのでした。
目白~本女間をはじめ、
家からバイト先まで30分かけて歩いてみたりなんだりして。
健康かも私♪という自己満足もあって、
不思議とつらい感じはないです。
いつか慣れたら、つらくなったりめんどくさくなったりするのかな。
山田詠美の『PAY DAY!!』(授業で使うので仕方なく読んだら結構面白い)に、
「物事は慣れ始めが一番楽しい。
一番最初は不安もあり、
慣れてしまうと、つまらなくなる。」
というような内容が書いてあって、
確かに確かにー、と思ってしまったり。
ともかく、まあ今は歩くのが純粋に楽しいわけだし、
一人で歩くって貴重な時間かもと思うわけですよ。
歩きながら携帯とか見てたらなんか台無しな気がする。
一人で歩くときほど、感覚が冴えてる感じがするのに。
電車の中に乗ってるよりかずっと。

いやでも、車は欲しいんだけどね(^^;)
あー、矛盾矛盾。
「車に乗ったら歩けないじゃん」
って誰かつっこんで。
世の中矛盾だらけだよね。
気づいたら、宮沢りえ@ガソリンスタンドの切抜きを壁に貼っちまった・・・
ヴィッツが欲し~い☆★☆
って、これもお金で買える欲望の一つかっ。
欲望まみれだな私・・・
そんなお金ないけどー。
・・・サンタさんに頼もうかな(笑)


2007,12,07, Fri 23:09
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卒論に苦しむ同志の一人、ゆきこです。(まいこさんの記事より)
「頑張れ!頑張れ!」って言われ過ぎると、少し疲れてきちゃったりしませんか?
私はたまに疲れてしまう。(オイオイ汗
特に、必死でギリギリな時に言われると、励ましの言葉だと分かっていても、切羽詰まって心がひねくれた私はつい、「これ以上どう頑張れっていうのー(>_<)!!」と思ってしまう未熟者きゅーもちろん、相手に悪意なんかないことはちゃんと分かっていますよハート
でも「頑張れ」って、励ましの言葉だけど、危うい言葉でもあると思う。

それでふと、「そもそも『頑張る』とは本来どういう意味なんだ?」と疑問が浮上ひよこ
あまりにも身近な言葉なので、辞書で引いてみたこともない(笑)。というわけで、さっそく『日国(ニッコク)』を引いてみました!(←日文必須アイテムの『日本国語大辞典(第二版)』のこと!

「がんばる<眼張・頑張>」
①たしかめて覚えておく。②目を大きく見開いて、物を見据える。③見張りをする。
④一所にじっと控えて動かないでいる。⑤困難に屈せず、努力しつづける。
※「眼張る」から出た語と考えられるが、「頑張る」は「我張る」「我に張る」から変化したものという説もある。

なるほど。(なんか少し学問的になってきた)
「見据える→動かない→努力しつづける」で現代の「頑張る」という意味で使われるようになったのかしら。
言葉の意味の変遷って、調べると面白いかもにぱっ
そういえば、英語には、日本語の「頑張れ」に当てはまる言葉ってないんですよね。
英語は状況によって表現が違う。相手が苦しんでいる時には「You can do it !」   「Don't Give up !」 など。軽い感じの「Great job !」「 Have a good one.」とかね。

「応援する言葉」について、もっと色々な国の言葉も調べて比較してみたら、何か面白い結果がでたりしないかなー。(国際的になってきた)
「『頑張る』って何?」という些細な疑問が、突き詰めていくと研究になる(かもしれない)。大学で学ぶというのは、こういうことなんじゃないかと思っています。大切なのは、「『当たり前』を疑え」ってことてへっ
そう思って、卒論を必死で仕上げたいと思いますあうっダッシュ

ところで、「言葉」について研究するのは、「日本語学」の分野ですね。
興味のある方は是非☆
本学の日文には、日本語学ご専門の素敵な教授がそろっておりますのでぽわわlove
(おお。学科アピールにまでいきついちゃった♪)

こんなまとまりのない今日の記事を、何のカテゴリーに入れようかと思ったら、ちょうど良いのがあった。

雑感(笑)

お粗末でしたーにひひ

下下ついでに我が家のニャンコの写真ねこ


本人はこれでしっかり隠れているつもりなんですヨにくきゅう

2007,11,29, Thu 22:04
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ってお風呂の中でずっと考えてました。
エンドレスでれっといっとびー(勿論サビだけ)鼻歌にして、
ぐるぐる記事のこと考えてたら、
頭だけ洗ったんだか体まで洗ったんだか自分で分かんなくなりました。
慣れって怖いね。
しかしいいお題は思いつかず。

いや、脈絡ないことならたくさん語れるんですよ。
今日池袋でスーツ買ったときの店員がかっこよかったなぁとか、
久々にマリオをしかもスーファミでやっちゃったよとか、
かぼちゃプリンに対する熱い想いとか。
でもなんか違うんだよなぁ。
なんつーか、最近の私の記事はどうも、
日々のつれづれ日記に落ち着いてるみたいな気がして。
もしくは、就活とか教職とかバイトとか生々しい話。
違うんだ、今日は何かを熱く語りたいんだ!(日々の逃避とも言えるが^^;)

というわけでお題は携帯電話。
とか言うと社会問題とかそういう壮大な感じに聞こえますが、
そんなぐろーばるな話をしたいわけじゃなくて。
最近、電車に乗ってる人の大半が携帯いじってたり、
「携帯ないと生きていけないよー」的台詞を聞いたりするじゃないですか。
そんなときにふと思うこと。
寂しがりになったなぁ、と。私含め。
だって、携帯ってそもそも、簡単に人と人とをつなぐ媒体じゃないですか。
そのつなぎに依存しちゃってるってこたぁ、
携帯がない生活なんて考えられない=人とつながってないと不安、みたいな。
勿論一概には言えないけど、携帯に依存→人に依存ってのは大きい気がして。
例えば、私の真面目な全盛期は中学生だったんだけども。
管理能力が今よりあったというか、自律できてた気がするんですよね。
夜遅くに人恋しくなったり、
怒りを誰かに聞いてもらいたかったり、
伝え忘れた連絡をしようとしても、
友達に電話かけるには夜9時くらいまででしょとか我慢があった。
そりゃ携帯だって配慮は必要なんだけど、
バックに家族があるか個人だけかだと気の緩みかたも違うわけで。
知らず知らずのうちに、便利な携帯をいつも使ってる。

それでいて、こんなに依存してる携帯なのに、
よく考えると人とのつながりはめっさ薄い気がする。
例えば、年賀状出そうとしてアドレス帳見ても、
住所知らない友達がかなりいる事実。
バックアップとってなきゃそれこそ水没と同時に音信不通確定の人あり。
結構仲いい友達でも、アドレスと電話だけって多いですよね。
私が水死とかしても伝わらないんだろうな。
って思うと切なくなるの私だけですか?

なんか、浸透力の勢いにのまれて、
いろいろ気づかぬうちに当たり前になってるのが怖かったり。
そもそも「携帯」って言葉自体「身につけたり手に持つこと」なのに、
今やなんの疑問を持つこともなく「携帯電話」の略ではないですか。
携帯灰皿とかなんか座を奪われちゃってちょっと寂しい感じするし。
縦書きの機能とか情緒とかも結構忘れてません?
バイト先の塾で小学生の子が、
板書をなんのためらいもなく横書き変換して書いたのを見て、
ううむと未来を憂いました。
作文用紙の左肩をホチキスでとめられたりとかね。

なんかここまで一気にだーっと書くと、
私携帯嫌いの保守派みたいにも見えますが、
本当のところは、携帯大好き人間です(^^;)
もうそりゃどっぷり依存ですとも。
携帯の浸透力怖~とか思いながらも。
携帯ゲームは毎日欠かさずやるし、
乗り換え案内ありがたやだし。
恋愛初期のメールやりとりなんてそりゃもう、
何回新着メール問い合わせをしたことか(笑)

携帯大好きなんだけど、なんていうかね、
やっぱり携帯じゃできないこともあるって、思えなくなりそうで。
カメラも時計もカレンダーも音楽もTVもお財布もみんなつまってて、
今の携帯って正直もうこれ以上何つめんのさみたいな状態じゃないですか。
でも、例えば月を見て綺麗だなと思う。
この綺麗さを誰かに伝えようとしても、写メじゃ上手く撮れんでしょ。
声や文字で伝えられても、
誰かと一緒に月見ながら手をつないで歩く、とか、
二人で月見酒を楽しむ、とか、
もうこれ全部携帯いらなくない?
あ、別にロマンチスト気取りたいわけじゃないっすよ。
どんなに携帯につめこんでも、つめきれんものがある。
当たり前だけど。
いやほら、当たり前って結構忘れちゃうから。
大事なことはもっと原始的なところにある気がする。
どんなに便利になってもね。
うわあ極論。

今年は早めに年賀状でも書いてみますかな。


2007,11,17, Sat 23:59
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  窓を開けたくなって
  窓を開けた

  8月末
  夏の終わりの霧雨

  深呼吸したくなって
  深呼吸した

  晴れた日が好きなのに
  雨の匂いが
  心地良かった

  籠の中の鳥みたいに
  遠い地に思いを馳せて
  果てのない空を見遣る

  自分の無力さを思い知ったとき
  人は
  比べものにならないほど
  大きなモノに
  身を委ねたくなるのかな

  自分の弱い心が
  頭と体をバラバラにする

  より高く空を飛ぶ
  その翼を手に入れるために
  すすんで籠の中に入ったはずなのに
  なかなか手に入らなくて
  もう空に望郷


・・・これは、私が高3のちょうど今頃、
だから3年前になるのかな、
一発勝負の一般受験組みで、
夏も終わりかけだけど全然先が見えなくて、
やる気もそこまで起きなくて、
毎日が「顔がぬれて力が出ない~」って言ってるアンパンマン状態で、
「こ、こんなはずでは・・・」と思いながらもがいてたときに作った詩です。
ちっちゃな現実逃避を繰り返してたときに(^^;)
受験期に限らず、こーいうときってあるよね。
なんか目の前が漠然としてる感じ。
でも、籠の中でもがく時間も無駄じゃなかった気がします。
今にして思えば。
遠回りたくさんしたけど。
無駄と思ってたものは案外無駄じゃない。と思う。

今日はちょうど8月末だし、霧雨も降ってたのでふと思い出したのでした。

2007,08,30, Thu 23:22
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