今回のタイトルは、能の舞台において当日に演じる演目全てが終わった時に歌う「附祝言(つけしゅうげん)」の一つ、『高砂』の一節です。
二日間にわたって行われてきた目白祭が、本日で終了しました。 一週間の早朝集合(これがきつい)の集中練習も終わり、舞台も終わり、他大さんを交えた打ち上げも終わり…。 私が舞台を出す最後の目白祭も、これで終わりです。 もう本当、燃え尽きました…。 私が所属している観世流能楽研究会では、「仕舞」を中心として能の先生に指導をいただきお稽古をしているのですが、ここを見ている皆さんにとってそもそも「能楽」自体があまり身近なものではないかと思われます。 「能楽」が身近でないのなら、さらにその中の「仕舞」なんて言われてもなんのこっちゃ、ですよね。 「そもそも仕舞の練習っていったいどんなことしてるの?」 という皆さんの素朴な疑問にお応えすべく、ちょうどいい機会ですので、私たち日本女子大学観世流能楽研究会が「仕舞」を舞台で出せるようになるまでの一連の流れをまとめてみました。 (主観がかなり入っていますので、そこはご了承ください。) ○「仕舞」を舞台で出せるようになるまで ①本番の一~二か月前に、舞台で出す演目が決まる。 これは、ご指導いただいている先生に一人一人演目を決めていただきます。時折、下級生に目を剥くような難易度の曲をいただいたりするのでみんなハラハラする一瞬です。 ②各自自分が出すことになった演目の練習開始、下級生は上級生からびしばし指導を受ける。 とにかく、練習。まずは何処でどのタイミングでどういった動きをするのか、きちんと理解して流れの通りに舞えないことにはどうしようもありません。先生のお稽古内容をサークルメンバーがメモしてくれた用紙、もしくは以前にその演目を舞ったことのある先輩だけが頼りです。 ③謡がわからない曲を、先生に謡ってもらう・お稽古のテープを聴く・先生が謡っているDVDを見るなど、あらゆる方法を使って起こす。 ちょっと珍しい曲・なかなかやらない曲が当たると、これが一番大変。おもにその仕舞を舞う人が起こしますが、下級生の場合は難しいので色々な謡を聴いている上級生が担当します。聴いて聴いて聴いて、謡の紙に上がり下がりを書き込み、なおかつ自分でしっかり歌えるようにならなくてはなりません。 ④謡の起こしが完成したら、サークルメンバーの声質に合わせて上級生が地謡のメンバーと地頭を決定。 これは結構重要。謡には、細かな音階があって繊細な「弱吟(よわぎん)」と、とにかく迫力のあって男らしい「強吟(つよぎん)」があります。そして人により優しい声質か強い声質か、高い音を出せるか低い音を出せるかなどがあり、それは生まれついてのものなので好き勝手にはできません。それをしっかりと把握した上で、地謡のメンバーを決めます。地頭(地謡のリーダー)は地謡の中で一番上級生が担当する場合が多いですが、経験のために下級生に任せることもあります。地頭は地謡の指揮者のようなものなので、他の地謡よりもしっかり謡が理解できていないと話になりません。それに舞い手と論議ができないといけないので、関係などを踏まえつつ慎重に選びます。 ⑤自分が地謡に入る仲間の謡を暗記する、地謡と舞を合わせての練習開始・舞い手と地頭が連日会議。 「どうしてもここでこの動きをしないといけないから、それには謡が早すぎるので調整してほしい」 「足拍子と謡が合わない、謡が早すぎるからここはもっと合わせる練習をしよう」 「謡ずれすぎ。ひどい。ちゃんと練習して」 白熱したバトルが繰り広げられます。 ⑥謡を教えられてから、一~二週間後に謡暗記テスト。 暗記が苦手な私には、これがほんっとうに辛い。一度覚えてしまえば料理してる時にもお風呂に入ってる時にも口ずさんじゃうんですけどね。 一度覚えた謡は、なかなか抜けません。謡ったことある謡なら出だしさえわかれば大体わかりますし、そのせいで新しい謡を覚えるときに昔の謡が出てきてしまって混乱するということもしばしば。 ⑦一週間前~直前まではとにかく繰り返し舞と謡を合わせる練習、同時に舞台への出入りやマナーの確認なども。 もう、ここまで来たらあとはやるだけです。がんがん合わせ、がんがん直し、舞の完成度を高めていきます。 舞台の出入りにもしっかりとしたマナーがあるので、その指導も怠らず。 ちょっと省略したところもありますが、大体、一つのお仕舞を出すのにこの一連の流れを経ます。 今回の目白祭でも、この流れで仕舞の練習をしていました。なので、八月からずっと目白祭へ向けての練習を行っていたことになりますね。 目白祭になると、目白祭全体の仕事の担当があったり、他大学さんに「賛助(さんじょ)」をお願いし私たちの舞台のゲストに来ていただきますので、そのマナーの指導もあったりと、さらにこまごまとしたことが追加されます。 個人的な意見ですが、仕舞で重要なのは「信頼感」だと思います。地謡に、一緒にやってきた仲間に対する信頼感。 出す舞を自分ができうる限り完璧にする・そのための努力をするうのは、舞台を出す人間として当然のことだと思います。 でもそれだけでは仕舞は完成には至りません。 ずっと一緒に練習して、何度も何度も嫌になるくらい地謡と舞を合わせて。「もし何かがあっても、後ろには絶対に仲間がいてくれる」っていう信頼感。 それがあって、初めて仕舞を舞うために舞台に立てるのではないかな、と思います。 仲間と協力して、一つの舞台を作り上げることの難しさ。それを、このサークルに所属して日々痛感しています。 そして今回、真剣に目白祭の仕事に取組み、自分の仕舞に取組み、仲間の謡に取り組む後輩の成長を見ていて、なんだかいろいろ考えてしまいました。 かつて「後輩」であった自分が憧れていた、「先輩」の姿に自分はなれているのだろうか? 自分が「先輩」となった今、これから「先輩」になる「後輩」に対して何を残せるのだろう? 大学も三年となれば、色々あります。考えるべきことは多いです。 無事に目白祭も終わったことですし、これから卒業までに自分がサークルに残せるものを考えていければな、と思います。 そして本日は、さやかさんやたまきさん、ブログ部部長のあやこさんまで私の舞台を見に来てくれました。ありがたいことです。 でもみんなして「能研パンフがツボ」的な内容を送ってくるのはどうかと思います。(笑) 能研では毎年趣向を凝らしたパンフを作っておりますので、皆さん是非是非次年度文化祭にいらした際にはお立ち寄りください!
2009,10,18, Sun 23:14
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