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あっ!と思った瞬間には、もう遅かった。
彼の背中に、うっすらと残る口紅の跡

究極の選択だったのだ。

満員電車の予期しない揺れ
下を向けば私の鼻は彼の背骨に激突にする
上を向けば私の口紅が彼の背広を犠牲にする。
どちらにしろ、ぶつかる。

一瞬の判断。
私は鼻を庇い、彼の灰色の背広を犠牲にした。
朝から痛い思いをするのは、ご免だった。

静かな車両、人と人の間に挟まっている私は
目の前の彼の背中に自分の唇の紅がついているのから目が離せなかった
綺麗に 判子みたいに 鮮やかに。ごまかせない跡がうっすら付いてる。

再びブレーキで大きな揺れ
今度は、左に立ってた男性のベージュのコートが私の頬を掠める。

肌色に近いベージュの布がほんのりピンクに変わる
頬の色まで、とられちゃった。


私の顔というキャンバスに塗った
ラメ入りの絵の具は周りの人に剥ぎ取られ
電車から降りるころには、スッピン同然。

背中に、唇形の紅色の判を押された灰色スーツの彼が
東京方面へ向かう、山手線のホームへ降りて行ったのを目で追って
どうか。誰も気付きませんように。
と、願った。


2009,05,27, Wed 21:56
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